東京地方裁判所 昭和24年(ワ)4号 判決
原告 塙博侃
被告 日本国有鉄道
一、主 文
原告の請求は、これを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金十六万八千八百九十九円及びこれに対する昭和二十一年十月一日から完済まで年六分の割合による金員を支拂うべし。訴訟費用は被告の負担とする」。との判決を求め、請求の原因として、又被告の答弁に対して、次のとおり述べた。
原告は、朝鮮慶尚北道金泉に居住していたが、太平洋戰爭の終了により昭和二十年九月帰国することになつた。そこで別紙目録<省略>記載の物件を十個の荷物に梱包し、これを釜山港埠頭にあつた運輸省廣島鉄道局釜山出張所荷物運送引受営業所に持参して、同所の係職員に、常盤線水戸駅までの運送を申込んだ。同職員はこれを承諾して運送を引受け、右荷物を引取り、運送契約の成立を証明する手荷物合符十枚(甲第一乃至第十号証)を原告に交付した。
ところが、原告が帰国してから水戸駅で右荷物の引渡を求めたが、同駅には右荷物は一個も到着せず、今日に至るまで前記物件全部の引渡を受けることができない。從つて運送の途中で右荷物は全部滅失したものと認められる。
当時、国は国有鉄道及びこれに関連する連絡船による運送営業をしており、運輸大臣がこれを管理していたのであるから、原告は、昭和二十一年九月二十二日附書面で運輸省宛に国が原告との間の前記運送契約上の職務に反し前記荷物を滅失したことによる損害金として、前記物件の時價(引渡を受けるはずであつた頃の引渡地における)の合計金十六万八千八百九十九円の支拂を請求したが、同省ではこれを拒絶した。
被告は、昭和二十三年法律第二百五十六号(昭和二十四年四月一日施行)によつて設立され、從前国有鉄道及びこれに関連する連絡船による運送営業に関して国が有する権利義務を承継し、原告に対する前記損害金支拂債務も承継した。
よつて、原告は被告に対し、前記損害金とこれに対する昭和二十一年十月一日(前記運輸省宛に請求した日の後である)から商法所定年六分の割合による遅延損害金の支拂を求める。
国がポツダム宣言を受諾して連合国に降伏し、朝鮮に対する統治権を失つたとしても、国のする私法上の営業行爲には何らの影響を及ぼすことはない。原告は前記のように廣島鉄道局釜山出張所荷物運送引受営業所の掛職員との間で、前記荷物についての運送契約をしたのであるから、国は当然この契約による債務を負つたのである。仮りに当時国が釜山から内地への荷物運送を、契約によつてではなく、事実行爲として行つたのであるとしても、運送の目的で荷物をひきとつた以上は、かゝる事実関係について條理上商法の規定を準用すべきである。又前記原告の荷物運送を引受けた鉄道職員が、運送引受に関する職務を担当していた係員でなかつたとしても、同職員は鉄道職員であることを表示する制服を着て、荷物運送引受営業所において原告の荷物を引取り、国有鉄道の発行する手荷物合符を交付したのであるから、国は原告に対し運送契約の不成立を主張できないといわざるを得ない。從つて、いづれにせよ、国は原告に対し、前記荷物の滅失について商法による損害賠償の責任がある。
かように述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、主文第一項と同旨の判決を求め、次のとおり述べた。
原告の主張する事実のうち、被告が設立されるまで、国が直接国有鉄道及びこれに関連する連絡船による運送営業をしており、運輸大臣がこれを管理していたこと、原告が釜山で国に運送を委託した荷物十個が水戸駅に到着しなかつたということで、その主張の日附で運輸省に対してその主張する金額の支拂を請求したこと、運輸省がこれを拒絶したこと及び被告が原告主張の法律で設立され、從前国有鉄道及びこれに関連する連絡船による運送営業に関して国がもつていた権利義務を承継したことは認めるが、原告と国との間に原告の主張する荷物について運送契約が成立したとの点は否認する。その余の事実は知らない。
国の行政機関である運輸省が国営として経営する運送業は国の統治権の存する領土内においてのみ実施することができる。原告がその荷物を釜山で運送を委託したと主張する昭和二十年九月当時には、国は既にポツダム宣言を受諾して連合国に降伏し朝鮮に対する統治権を失い、朝鮮における運送営業を停止していた。そして釜山港埠頭には米国朝鮮軍司令部が設置され、運輸省所属の釜山営業所及び連絡船は、連合軍の指図管理のもとに専ら外地からの邦人引揚者及び内地からの朝鮮人帰国者の輸送の用に供されていた。即ち、国は当時釜山においては、運送営業者として運送業務を行つていたのではなく、国が引揚者の輸送という職務を果すための事実行爲を行つていたのである。かゝる事情において原告と国との間で運送契約が成立したということはありえないことである。
原告は、廣島鉄道局釜山営業所で、掛職員との間に運送契約をしたというが、原告のいう職員(それは今井五郎藏である)は、荷物運送業務の係員ではないのみならず、同人は原告から荷物送還の方法を尋ねられたので、たまたま鉄道職員の荷物送還のために交付されていた手荷物合符が余つていたので、私人として好意的にこれを原告に讓渡してやり、原告の荷物を預つて埠頭に置いたというにすぎない。かゝる事実をもつて、原告と国との間に運送契約が成立したとみることはできない。原告の本訴請求は失当である。
かように述べた。<立証省略>
三、理 由
眞正にできたことについて爭いのない甲第一乃至第十号証と証人長山陸郎、今井五郎藏、畠山辰治の各証言原告本人訊問の結果とを合せ考えると、次のとおりの事実を認めることができる。
原告は、朝鮮慶尚北道金泉に居住していたが、太平洋戰爭の終結によつて帰国しなければならなくなつた。帰国に当り、金泉の警察の話では、家族一人について一、二個の割合で荷物を携行できるとのことであつたので、家族五人である原告は、その所有の動産を五個の荷物に梱包し、長山陸郎外約六十名の同地居住の邦人と一団体をなし、右荷物を携えて、昭和二十年九月十九日金泉を出発、同月二十日釜山に到着して、そこの收容所に收容された。長山も原告と同じく五個の荷物を携行してきた。
ところが、釜山の收容所で聞くところによると、今まで携行してきた荷物を全部持つて連絡船に乘船することは許されないとのことであり、実際に引揚者の中には、所謂闇船を傭つて荷物を内地へ送還している者もある有様であつた。
そこで、原告は同月二十一日、長山と二人で適当な荷物の送還方法を見つけるために、釜山港埠頭の様子を見に出かけた。たまたま埠頭附近で国有鉄道の職員の制服を着た今井五郎藏(関釜連絡船発着の際に用いてる小蒸気船の操機手)に出会つたので、原告は同人に荷物を水戸駅まで送るについて適当な方法がないかどうかを尋ねた。同人は、調べてみて、あつたらお知らせしようというようなことをいつたので、原告等はその日はそれで收容所に戻つた。
運輸省は、終戰によつて外地在住の邦人の内地への引揚輸送の任務を負うことになつたので、朝鮮で勤務していた鉄道職員にその任務を遂行させるについて、当然に職員自身の引揚が最後となることを予想し、職員に安心して職務に從事させるため、職員の荷物を優先的に内地へ送還させる便宜を図つた。そして職員の家族数に應じて相当数の手荷物合符を交付し、各人に荷物を釜山港埠頭に運ばせ、船に積載させた。
今井もまた鉄道職員として、右合符を三十枚交付を受けたが、自分の荷物は、娘が軍属であつた関係から、軍の方で図つた送還の便によつて概ね送ることができたので、鉄道から交付された右合符は十二枚使用しただけであつた。そして前記のように原告から荷物の送還方法を尋ねられたので、一應調べてみると答えてはおいたが、他に適当な方法も見当らず鉄道職員の荷物送還用に交付された右合符の残りを鉄道職員以外の者が使用しても、船に積載してくれるであろうし、船に積載すれば目的地に送つてくれるであろうと考えて、同月二十三日再び埠頭に訪ねてきた原告等に、荷物をもつてくれば送つてあげましようとの返事をした。
原告と長山とは早速收容所に戻り、各五個の荷物を埠頭に運んできて、今井に引渡し、同人から前記合符の残りのうち十枚の各半片(通常荷物と引換えに運送委託者に交付されるもの、即ち甲第一乃至第十号証)の交付を受けた。今井は右荷物を送還荷物として所定の位置に置いた。原告は、同人に謝礼の意味で、荷物一個について三百円の割で合計三千円を贈つたが、正規の運賃の支拂はしなかつた。原告自身かゝる運送の依頼が正規の運送委託手続であるとは考えていなかつた。
当時、運輸省廣島鉄道局釜山営業所は閉鎖されており、営業としての運送の引受はしていなかつた。連絡船についても通常の乘船券は発賣せず、引揚証明書を所持する者には、無料でその者が携帶できる程度の荷物をもつたまゝ乘船させていた。
かような事実を認めることができ、証人長山陸郎及び原告本人がのべていることのうち、右認定に反する部分は採用できない。
そして、当時国は国有鉄道及びこれに関連する連絡船による運送営業をしており、運輸大臣がこれを管理していたが、我国がポツダム宣言を受諾して、朝鮮に対する統治権を失い朝鮮にあつた国の機関が從前もつていた機能も停止したことは公知の事実である。
以上の事実によれば、今井は、運送営業者としての国の運送営業上の職務に從事する鉄道職員として、原告から前記荷物十個の運送を引受けたとみることはできないのであつて、たヾ、国が鉄道職員の引揚荷物について與えた優先的な送還の処置を、原告にも利用させることを、個人として原告に対して引受けた、いゝかえれば、今井が原告から右の荷物を引取ることによつて、国と原告との間に法律関係を成立させたのではなく、今井個人が原告から、その荷物を鉄道職員の送還荷物として国に取扱わせることの委託を受けた、とみるのが相当である。
そこで更に、今井が原告の右荷物を引取り、送還荷物として埠頭の所定の位置に置いたという前記認定の事実から、国の運輸機関が今井から右荷物の占有を移轉されたということが考えられるから、かゝる事実によつて、国と原告との間にいかなる法律関係が生ずるかを判断する。
国は敗戰によつて、外地在住の邦人を内地に帰還させる責任を、連合国及び全国民に対して負つたことは、公知の事実である。
從つて、国の運輸機関が行う引揚者及びその荷物の輸送は国の行政上の処置であつて、国と引揚者個人との間の私法上の契約に基ずくものではないと解すべきである。このことは釜山における鉄道職員の荷物送還についても同様であり、たゞ国が一般引揚者の荷物よりも優先的に送還するというだけのことである。前記手荷物合符を荷物送還を求めた職員に交付したのも人と荷物とが別々に送還される関係で、便宜上既製の合符を使用したにすぎないのであつて、私法上の契約の成立を認めた趣旨と解することはできない。
右のように解すれば、国が今井から、原告の荷物を送還荷物として引渡を受けた事実によつても、原告と国との間に、右荷物について私法上の契約ができたということはできないのである。
なお、原告は、国との間に運送契約がないとしても、送還荷物として国が引とつた以上は、條理上商法の規定を準用すべきであると主張するが、前記のように、原告と国との間には商法上の運送契約が存しないのみならず、廣く私法上の契約関係も認められないのであつて、国の営利をともなはない行政上の処置とみるべき引揚荷物の送還に、商法の規定を準用する根拠は、とうてい見出だすことができない。
永年居住した土地を離れ、僅かな荷物をもつて引揚げなければならなかつた上に、その僅かな荷物さえ途中で失うに至つた原告の心情は察するに余りありというべきであるが、国の債務不履行を前提とする原告の本訴請求は理由がないから、爾余の点の判断をするまでもなく失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 新村義廣 新見俊介 西村宏一)